3月4日(日)福知山では、三段池で市民駅伝が5年ぶりに開催されました。
主人は、毎年、会社からチームを作り参加していました。今年は、久しぶりにあるので参加すると言っていました。
私は、普段から運動もしていないのに、走って大丈夫?と思い、「ちょっとは、身体をならしておいた方がいいで。」と話をしていました。
当日の朝、教会で、今日は、市民駅伝で○○さんが、走られます。と皆さんにお伝えしてくれました。すると、ある部長さんが、「駅伝を走ろうと思ったのがすごい!」と褒めてくれました。
私は、今日の朝は、「ちゃんと準備運動をして気をつけて走って来てな。」と送り出してしまい、主人が喜んで頑張ろうと思える声かけが出来てなかったな。と気がつきました。
子どもに対しての声かけも、心配の方が先で、まずやる気になった心を応援できる私になりたいなぁ。と思いました。
春🌱は、もうそこまで🌷
新年を迎え、私は夫と子供3人と私の実家の福井県へ元旦に帰省することにしました。
昼過ぎに出発し、福井に入りしばらくすると、携帯から「地震です!」と、あまり聞かない大きな音がなりました。
車の移動中であまり気づきませんでしたが、義母から電話が入り、結構揺れたようでした。
自宅に引き返そうか悩みましたが、もうすぐ着く距離だったことと、日が暮れそうだったので、夫と相談し、そのまま実家に向かうことにしました。
実家から5km先では、道路が陥没したりと大変な状態になっていました。
奇跡的に実家周辺は何ごともなく、姉や妹、弟家族みんなで集ることができました。妹は、妊娠中で臨月を迎えていたため、いつ産気づくか心配になりました。
私は昔、七尾市に住んでいたことがあり、輪島市にも知り合いがいるので、20年ぶりくらいに連絡をしました。
ですが、つながらず…被災された方に何も出来ず、もどかしい気持ちでいっぱいになりました。ニュースで、被災地の情報を目にし、失踪感に襲われました。
慌ただしい中、余震も続き、その日は落ち着きませんでした。
2日の朝、妹が「いつもよりお腹の張りが強い。」といい、出産の兆しが感じられました。
私も、そんな時あったな。と懐かしさと赤ちゃんにもうすぐ会えるという嬉しい気持ちと、また大きな地震が起こらないか心配な気持ちとで複雑でした。お昼には、お腹の張りも落ち着いてホッと安心しました。
3日になり、七尾市の知り合いからメールがあり、「うちは大丈夫!心配してくれてありがとう!」と返事がありました。とても嬉しかったです。返事を送るのに言葉が見つからず、「無事で良かった。早く安心できる環境になることを祈ります。」と送りました。
妹は、軽い陣痛が起こったり、おさまったり。旦那さんも、みんなも揃っていたので安心して自宅へ帰宅しました。
4日の朝、知らない電話番号から電話があり、出てみると輪島の友達からでした!20年ぶりに声を聞いて、その頃を思い出し、心が熱くなりました。「ラインきてて、心配してくれているだろうから連絡した。ありがとう。家は倒壊したけど、家族全員無事だよ。」と話してくれました。今まで連絡するのは年賀ハガキでのやりとりだけでしたが、友達とのつながれたのが嬉しく思いました。今後も何か、私なりに出来ることを見つけたいと思いました。
夕方には、妹が出産し、母子ともに健康です。幼かった妹が母になり不思議な感じです。
新年あけてから、心動かされる1年になりました。当たり前に朝起きて過ごしている毎日に、感謝の気持でいっぱいになりました。命の大切さ、みんなに支えられているという恵みを日々、感じていけたらと思います。そして、自ら行動を起こせるようになりたいと思います。
被災地の1日でも早くの復興されるのを願っています。
12月12日、私は100食のうどんを持って、ある養護老人ホームを訪ねました。
我が家は曽祖父の代から製麺業、父の代から寿司、仕出し、居酒屋を営んでいます。
私の祖父が42歳の時、曽祖父が亡くなりました。『親孝行が出来なかったと悔やんだ。恩返しがしたい。』と祖父は、昭和39年12月、当時まだそこしかなかった養護老人ホームへ、『皆さんに温まって欲しい』とうどんを無償で届けるようになりました。ある年は大雪になり、パトカーが先導してくれたという話しも聞いたことがあります。
平成15年1月、祖父が亡くなりました。祖父の思いは私の父が引き継ぎました。
そして今年5月、父が亡くなり、祖父の思いと父の思いは私が引き継ぎました。
うどんを乗せて養護老人ホームへ向かう時は、「皆さんに喜んで頂きたい。祖父と父も喜んでくれるかな」とワクワクしながら運転していました。
無事にうどんを届けた帰り道‥祖父のことを憎んでいた父はどんな気持ちで祖父の思いを引き継いだんだろう‥。どんな気持ちでこの会社を伸ばしてきたんだろう‥。
父の気持ちを考えると涙が出ました。
答えは出せないままですが、祖父から父へ、父から私へのバトンはしっかり繋がりました。
いつか、息子へバトンが渡せるよう日々精進しようと改めて感じた一日でした。
丹後にお越しの際は、ぜひ✨
数日間、子どもが珍しく高熱が続いています。
週末に、青年部でつどいもあり、準備に行かないとと思いながら、動けない今の状況をスタッフに伝えました。教会長さんからも「きっと一生懸命その熱とたたかっているところなのですね。それも仏さまからいただいたプレゼントなのかも。Jくんと一緒の時間を味わいながら考えましょう。」と、声をかけてくださいました。
普段は忙しく、子どもとゆっくり過ごすことがないので、これも仏さまからいただいたプレゼントだとしたら、大切な時間を過ごそうと思い、子どもが何か言って来たら、すぐに答えてあげようと思っていました。
2階で寝ているので、時々、見に行くのですが。窓を開けて、網戸をしていますが、「部屋の中でカメムシが飛んでる~💦」と呼び出しが。
うちわを持って、いざ出陣!!
カメムシをうちわに乗せて、外へ!
しばらくすると、また呼び出しが・・・。
暑いので、「窓を閉めるのもなぁ。また入って来たんかぁ。」と、思いながら対処していました。
私は、下の階で久しぶりに掃除をしていました。
「また、カメムシ~!」
と数回目に聞くと、「ちょっと待ってて。ちょっとぐらい飛んでても大丈夫や。」という気持ちがわいてきて、「今日は、子どもが言ったことにすぐに答えてあげよう。」と思ったのに、「自分の都合を優先する私が出てしまった。」と気がつきました。
その後すぐに、カメムシを捕まえに行きました。
今年は、カメムシが大量発生しています。カメムシさんから、自分を教えてもらいました。
子どもの熱は、下がって来て、ひと安心。青年部のつどいに間に合いました。
今年は、柿がたくさんですね~。
とある日の何気ない子どもとの会話です。
「もしドラえもんのひみつ道具があったら、何が欲しい?」と、娘に聞かれた私は、「どこでもドアが欲しいなぁ~」と答えました。
「何で?」と娘に聞かれ、「だって車で2時間かかる場所にも、どこでもドアがあればすぐに行けるやん♪(笑)」
それを聞いた娘は、「そっかぁ〜♪良いね~私もどこでもドアがいいなぁ~!学校もギリギリまで寝てても間に合うな(笑)」と、笑って話していた娘が、
「あっ!でもやっぱり私はタイムマシーンにするわ!」と言ったので、理由を聞くと、
「だってなぁ、タイムマシーンがあったら〇〇(妹)を、じいちゃんが生きてる時代に連れて行って、いっぱい会わせてあげられるやん」
「なるほど〜!凄いな〜それはおじいちゃんも喜ぶなぁ~」と、娘に答えつつも中身の薄い自分の考えが恥ずかしいなぁ…とも思いました。
上の娘は、大好きだったおじいちゃんとの思い出が幼いながらにもあるのですが、下の子は生まれる前におじいちゃんは他界してしまった為、記憶や思い出がありません。自分の願いも大事だけど、人の喜ぶことを考えられる子に育ってくれていることが何より嬉しいと感じました。
ふと私の頭に父が、にっこり微笑んでいる顔が浮かびました。
今年は父の七回忌でもあります。
父も空の上から喜んでくれているのかなぁ~と感じ、あたたかい気持ちになりました。
秋といえば・・・!!