先週から、大人は待ちにまった学校が始まりました。お正月モードが終わり、今ではもういつもの日常の風景です。
小学1年の息子は、始業式の少し前から、「学校に行きたくない。絶対休む。」と言っていました。
そんなとき、親はどう答えたらいいのでしょうか?
一瞬、もう十分休んだやろ?と、言いたくなる。いや、言ってしまったかも?ですが、『相手の気持ちに寄り添う』というキーワードが頭に浮かび、「そうやね。もっと休みたいよね。」「なんで行きたくないん?」と聞くと、「だって、午前中だけやし、めんどくさいもん。夏休みみたいに長かったらいいのに。」と返事をしてきました。
出た~!!面倒くさい発言!!心のなかで思いましたが、「昼までで、帰れるんやったらラッキーやん。明日は、校長先生の話を聞いて、宿題を提出するくらいで帰れるやん。」と伝えましたが、「明日は、絶対行かんからな。」と、力強く宣言。
次の朝。
何事もなかったように、私も忘れていて。「はよ集合時間やで。」と促し、「行ってきま~す。」と姉と一緒に元気に登校しました。
見送ったあと
あれっ?昨日のあの宣言は、なんだったのか。
子どもなりに葛藤していただけだったんですね。こちらもムキになって、戦わなくて良かった。。。
教会長さんに、そのことをお話すると、黙って聞いていたご主人には、「お父さんどう思う?」と子育てに参加してもらうんですよ。と教えてもらいました。
いつも、子どもから投げかけられる返答は私がしないとと思っていましたが、その場にいるお父さん、おばあちゃんにも参加してもらい、子どもの気持ちを受け止めていきたいと思いました。
最後に、子どもの気持ちを受けとめるとともに、
みんなを巻き込みながら私が学ぶところなのですね(^-^)と、教えて頂きました。
毎日が、練習と学びですね(^-^)💦
今週も、元気に行ってらっしゃ~い☃️
今年のお正月は、年末の寒波により、雪が積もっては、雪をかき…必死で雪をかいた後もまたすぐに積もり…また雪をかく…の繰り返しで、大人はぐったり…。
けれど、子どもたちは、早く雪で遊びたくて今か今かと急かしてきます💦
雪が降ると雪道は、車の運転も怖いし、雪かきが大変なので、大人はうんざりなのですが、見方を変えると、雪のおかげさまでと思えることにも気がつきました。
主人は、せっかくのお休みに、ゆっくりしたいのが本音だと思いますが、雪かきに、雪遊びに連日付き合ってくれていました。
普段は、異性ということもあってか、娘たちの遊びになかなかついていけない様子ですが、自らせっせと雪山を作り、かまくらを作ったり、ソリが滑りやすいように滑走路を作ったりと、子どもたちも大喜びで遊んでいました。
年末のお休みだったことで、主人と、子どもたちが一緒に遊べ、親子の触れ合いがもてたこと。
スキー場に行かなくても自宅の庭でソリ遊びができたり、雪で遊べたこと。(笑)
家族でこうして過ごせることが、本当に幸せだなぁと改めて感じることができました。
雪のおかげさま💗!
でも…もう雪は勘弁してほしいです…笑(心の声)
娘が好きな猫の形のかまくらが出来ました。
冬休みの日記が書けたよ~🎵
新年明けまして おめでとうございます。
皆さま、新たな気持ちで、朝をお迎えされていると思います。元旦参りのYouTube配信は、もうご視聴されましたか?
昨年と同様、自宅にいながらご本部の仏さまにお参りできることは嬉しいですね。
朝は、家族でまず仏さまにご挨拶して、家族のなかでもご挨拶をしたいと思います。
そして、おせちですが、ママ友に聞くと子どもたちはおせちを食べないから、中華や海鮮おせちと聞きました。
私も、かまぼこと黒豆と、ごまめと・・・とそれほどおせちを大事に思ってはいませんでしたが、会長先生の年頭法話で「日本の伝統を受け継いで、如何にして立派な国を打ち立てていくか」と一文を加えました。
と、ありました。
おせち一つひとつに意味があることも、何となく分かりますが、あんまり好きじゃないからと簡素で済まし大事にしないと、子どもはそれが当たり前になって、日本の伝統は受け継がれないことに気がつきました。
今年は、そんなことも、大事にしながら過ごして行きたいと思います。
次は、春の七草粥ですね。
今年も、どうぞよろしくお願い致します(^-^)
重箱に入れるのは「福が重なる」という意味があるそうです。
何から、食べよかなぁ~⁉️美味しそう❤️
とうとう、2021年も最後の日となりましたね。あともう少し年賀状が残っていますが。。。ちょっと休憩です。外は、ずっと雪が降っていますが皆さんのところは、大丈夫ですか?
子どもたちも、午前中は、雪遊びを楽しんだあとは、こたつとお菓子とYouTubeがあれば過ごせるそうです。のんびりしています。
今年を振り返ると、あっという間でした。年々、早く感じるようになったら、歳をとった証拠・・・?汗
コロナ禍2年目になり、教会も自粛、再開、自粛、再開と・・・。
そんな自粛生活のなか、最大の試練が訪れました。最初は、支部で三部経を1日で手分けして読もうと、チャレンジをして張り切っていました。しばらく経つと、自粛生活も飽きてしまい、私は何をやっているのだろうとふと思うようになりました。みんな、仕事に行って頑張っているのに、私は何もやっていない。消費するばかりな私。今までは、教会に毎日通っていたけど、昼間から買い物に出かけているなんて。と思うようになりました。
今まで信仰してきた自分自身を振り、見つめ直す時が来たな。と思いました。教会は、あんなに忙しかったのは、何だったんだろう。行事の事柄に、追われてやった気になっていただけなんだな。と思いました。そんなことを思いながらも、気持ちは晴れないままでした。
そんな時、支教区の部長法座がzoomであり、話を聞いてもらいました。私と似た気持ちを持っている部長さんも居て、すごく安心しました。担当教会長さんに、「人の役に立ちたいと思っているんですね。」と、そのまま認めて下さり、私の心は温かくなりました。そうか、私は人の役に立ちたいと思っているんだ。大きなことはできないけど、私のできることから始めようと勇気をもらいました。
それから、手取りや法座を再開し、私一人ではできないことは、お願いしています。動けた喜び、会いに行って喜んでくれた喜びは忘れません。
人が喜んでくれた喜びが、私の生きがいだなぁ。と改めて確信できて、このまま頑張って行こうと思えたことが、仏さまからのプレゼントだったんだなぁ。と振り返って思いました。
また、忘れがちですが、頑張って働いてくれている主人に感謝したいと思います。汗💦
苦しいことは、イヤだけどその中に、仏さまからのプレゼントがあるんだな。と思いました。部員さんと共に成長して行きたいと思います。
また、来年も、どうぞよろしくお願い致します。
母の友達のAさんは地元の方ですが、遠方に住んでおられ吊るし雛を作成されます。藤の花で有名な地元のお寺に奉納したいと何度も連絡があり、やっと願いが叶ってご主人と一緒に来られました。そこへ母と私にも一緒に来て欲しいと言われました。
久しぶりに出会え、何か手伝おうかと何度尋ねても「いいから!出し方と片付け方を見ておいて!」と、返事をされます。でも、母は提案したり合わせたりしていて、母にしかできないな、母やからAさんの気持ちが分かるんやな。と思いました。
私は母からセッティングのやり方を忘れないようにとカメラマンを頼まれていたので写真を撮っていきました。
Aさんは、コロナが感染拡大する2年前に納めたかった吊るし雛。1つ仕上げるのにも、3年〜5年かかるそうです。それを、わずか3年ほどで5つも仕上げられたその作品は、その方の地元愛が溢れるとても素晴らしい物でした。
私はAさんの情熱的な行動を見て、ビックリしてしまいましたが、Aさんのご主人や、住職、住職の奥さまは、そんなやり取りを見てずっとニコニコしておられました。周りの人が合わせる行動、落ち着いた表情を見ている内に、私も楽しくなっていきました。
知らずしらずに、何があっても1つの事を成し遂げるチームプレイが出来ていたことに気がつきました。教会で色々なお役をさせてもらっているおかげだと思います。それと、Aさんの思いを受け取れる母の姿もすごいと思いました。
あまり母の事が好きではなかった私…。素敵なところを見つけていこうと思います。